「たったそれだけ」その先にある大きな可能性。

皆さんは、想像したことがありますか?

床に落としたものを拾う、寝ている身体をベッドに起こす、ペットボトルのふたをあける、ドアを開けて閉める…。普段、当たり前にやっている「たったそれだけ」のことさえ、誰かの手を借りなければならないとしたら…。その辛さの本当の意味を理解することは、健常者である私たちには難しいことかもしれません。しかし、その理解を深めることによって、私たちは障害に苦しむ人がもつ可能性をひろげ、その未来を切り開くことも出来るのです。

事故、あるいは難病や疾病による機能障害のため、日常生活を送ることに困難を来している肢体不自由者の数は、全国で約176万人(平成18年7月1日現在)*。そのうち多くの人は、手足の働きをサポートすることで社会参加を果たし、自立した生活を送る可能性をもっています。これらの人の手となり足となり、身体の一部となって共に生きることで、新たな可能性と未来をもたらす存在、それが介助犬なのです。
介助犬とは、身体の不自由な人を手助けする特別な訓練を積み、厚生労働省が指定した法人により認定を受けた犬をさします。
平成14年には「身体障害者補助犬法」が施行され、盲導犬に加えて法的に社会参加も認められましたが、その認知度はまだまだ低いのが実情。その理由としては、視覚障害者の「目」となる盲導犬、聴覚障害者の「耳」となる聴導犬に比べ、介助犬の場合、ユーザー(使用者)の障害により介助内容が大きく異なるため、その必要性が理解されにくい点があげられます。 法が施行されて5年以上たつ現在も、ペットと誤解され施設への入場を拒否されることも少なくないそうです。また、現在1万5千人いるとされる介助犬希望者の数に対して、その実働数はわずか43頭(平成20年9月1日現在)*。歴史の長さに違いがあるとはいえ、盲導犬の実働数996に比べても、極端に少ない数といわざるをえません。
*厚生労働省調べ

支えているのは多くの善意。介助犬を取り巻く実情とは?

「一般の認知度が低いこともそうですが、国の支援体制が整っていないことが、普及を妨げる大きな原因でもあります。国からの助成金はわずかですから、介助犬を育成するための費用や協会の運営費など、ほとんどの育成団体は皆さんの善意の寄付に頼らざるを得ないのが現状です。また、介助犬を必要としているのは、下肢が機能しない人、それに加えて手が動かない人、あるいは指先がきかない人など、様々な障害をもつ方々です。つまり、ユーザーの方の障害や、生活環境に応じたオーダーメイドの育成が必要。

介助犬としての認定試験を受けるまでに、約2年近くもの月日がかかるのもそのためです。さらに、実際の日常生活におけるアフターフォローも欠かせないため、ユーザーの方とのお付き合いはずっと続くことに。

こうした訓練と育成の難しさに加えて、充分な施設も整わないため、年間2、3頭の育成が精一杯なのです」

そう語るのは、社会福祉法人 日本介助犬福祉協会の理事長を務める川崎芳子さん。通常、介助犬の育成には盲導犬と同程度の費用(250~300万)がかかると言われますが、同協会ではユーザーに無償で介助犬を貸与するため、その運営はわずかな助成金と多くの善意の上に成り立っています。
決して潤沢とはいえない資金繰りに関わらす、これまでに8頭もの介助認定犬を育成した実績をもち、平成18年には、民間の育成団体として唯一、厚生労働大臣指定法人の認可も取得。介助犬の育成はもちろん、様々な場所で行うデモンストレーション活動を通して、介助犬の普及啓蒙にも尽力しています。

日本介助犬福祉協会理事長 を務める川崎芳子さん。

「自分の介護犬は自分で育てる」その育成方針に込めらた意味

協会の施設があるのは、緑豊かな山中湖畔の森。「人と犬との心のバリアフリー」というモットーに沿い、川崎さんをはじめスタッフ一同は、介助指導犬およびデモンストレーション犬と寝食を共にし、活動に取り組んでいます。現在25を数える全国の育成団体の中にあって、同協会の大きな特徴といえるのが「自分の介助犬は自分で育てる」という独自の育成方針。たとえば、通常の介助犬育成の流れでは、座る、待つ、適所で排泄が出来る、使用者(飼い主)に注目するなどの「基礎訓練」から、物の拾い上げや運
搬、ドアの開閉、車いすの索引、衣服の着脱などの「介助動作訓練」までを育成団体で済ませ、その後に初めて、ユーザー本人が参加する「合同訓練」を行います。対して同協会では、その一連のプログラムを「基礎訓練」の段階からユーザー自身が中心となって行い、育成のためのきめ細かな指導とサポートを協会側が行うというシステム。
 
トレーニングはおよそ2年にわたりますが、その間、トレーナーは週1度のペースでユーザー宅に通い、障害の程度や種類、その人の生活環境に適した訓練を行います。育成方針の意味について、トレーナーとして10年近い経験をもつ植松さんに伺うと、「トレーナーである僕らが訓練育成した犬を、少しの合同訓練だけでいきなりユーザーさんに渡しても、介助犬としての役割を果たすのは無理なことです。なぜなら、健常者である僕らの力加減と、手足が不自由なユーザーさんの力加減は全く違うのですから。僕らの力が強いと犬が判断すれば、ユーザーさんではなく、力の強い僕らの指示をきこうとしてしまう。たとえば、筋ジストロフィーで四肢のマヒと言語障害が重なっている方の場合、『シット=座れ』『テイク=持て』などの言葉はもちろん、ハンドサインの指示も出来ないことがあります。

その場合は、『あ=座れ』など、最初からその方が出せる声を聞き分けて、指示に従うようにしなければ意味がないのです。こうした訓練は、ユーザーさんにとって楽なことではなく、幾つもの大きな壁に立ち向かわなければなりません。でも、パートナーである介助犬と共に一つひとつの壁を乗り越えることで、より強い信頼関係を築き上げることもできるのです」
こうして、介助犬を育てるという大仕事をやり遂げることは、ユーザーである障害者の方の大きな自信にも繋がるといいます。介助犬とは、24時間ユーザーの傍らに寄り添い、手となり、足となり、身体の一部となる存在。
それまでは出来なかった「たったそれだけのこと」も、「この子(介助犬)と一緒なら一人で出来る」……。そうした想いを胸に、障害者の方が介助犬と共に踏みだす一歩は、計り知れないほど大きな意味を持つのです。こうして、一人でも多くの方が新たな未来を開くため、いま私たちに求められているのは、障害者のパートナーとして、介助犬の存在を正しく理解することではないでしょうか。

トレーナーとして10年のキャリ アを持つ植松俊樹さん。
訓練施設が整わないため、 介助犬訓練の見学は山中湖 畔にある公民館にて。

社会法人 日本介助犬福祉協会
〒401-0501 山梨県南都留郡山中湖村山中262-1
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