母子家庭にとって一番の問題、それが住宅困窮。

中山 社会的責任において、一企業として出来ることをやろう。そうした想いを抱いて、シンシアルハートは社会貢献活動に取り組んでいます。ただし、単にお金を寄付するだけでは、実際どのようなかたちで役立つのかわかりません。ならば本当に実用的なものをと考え、今回、商品売上の一部をエコバッグに換えて、東京善意銀行さんを通して寄付させていただきました。

岩渕 ありがとうございます。母子家庭にとって、こうした生活必需品はとても助かるのです。私ども墨田母子生活ホームでは、夏には納涼会、冬にはクリスマス会を開くのですが、その時にいろいろなプレゼントを用意します。今回いただいたエコバッグも、そうした時のプレゼントとしても使いたいと思っています。こうしてご寄付や援助をいただくことは、けっして当たり前のことではありません。常に感謝の気持ちを持つよう、子どもたちに伝えると同時に、我々職員もまた、ご援助への感謝を忘れないよう心がけております。

中山 私も常々、社員にそのように話しています。たとえばお給料も会社がお金を出していると思いがちですが、それも製品を買ってくださるお客様があればこそ。実はお給料も、お客様からいただいていると同じことなんですね。それを忘れてしまうと、お客様へ心のこもったサービスが出来なくなってしまう。

岩渕 それは素晴らしいお話をされていますね。
中山 今回寄付させていただいたエコバッグにしても、お客様からいただいたお金で作ったものですから、実際どのような方の手にわたってどのように使われていくのか、お客様にお知らせする義務もあると思うのです。そのためにも今回、無理をいっておじゃまさせていただきました。はじめに、こちらの施設は設立してどのくらいになるのでしょうか。

 

岩渕 現在の施設は平成元年に出来たものですが、それ以前は保育園と墨田区の母子寮が並んで建っておりました。両施設を合築する際に江東区の母子寮も一緒に統合し、それ以来、墨田区社会福祉事業団が委託を受けて運営して20年が経ちます。

 

中山 現在、こうした母子生活施設を必要とされている方はどの程度おられるのでしょうか。おそらく、入寮を待たれている方も多いのでは?

 

岩渕 母子家庭の皆さんは、墨田区の福祉事務所にいろいろな相談に来られるわけですが、一番問題となるのが住宅困窮なんです。たとえば民間のアパートに住むとなると、墨田区の場合は家賃が約7万から8万かかります。母子家庭の場合、働いて得られる年収は200万円あれば良い方ですので、毎月7,8万の家賃を支払うのは困難な場合が多い。そうした場合に母子寮に入るということです。
墨田区には現在、こうした母子寮が3つあります。区役所の福祉事務所に母子相談所というのがありますが、毎日多くの方が相談に来られています。
 
中山 こちらではどの程度の家賃に決められているのですか。

 
岩渕 収入に応じてですが、現在家賃をいただいているのは2家庭で、それぞれ6,500円と4,500円です。その他の方からはいただいておりません。

 
中山 母子家庭としてはとても助かりますね。

 
岩渕 ここにいる間にお金を貯めて後に都営住宅などに入居し、いずれは自立していただく。それが当施設の目的となります。たとえば、家賃7,8万を払ったつもりで貯蓄すれば、1年で100万近く貯まる計算ではありますが、なかなかそうはゆかないのが実情ですね。

ロゴデザインが「とてもキレイ!」と、女性スタッフの間で大好評。

現在「墨田母子生活ホーム」 に暮らす母子は21世帯。 部屋はキッチン、バス・トイレ 付きで普通のアパートと変わらない。

目指すのは、貧困と暴力の連鎖を断ち切ること。

 
中山 こうした福祉に関わるお仕事にはご苦労も多いことでしょう。岩淵さんは墨田母子生活ホームでお仕事をされて長いのですか?
 
岩渕 私はこちらに来て3年目ですが、実は区役所に勤務していた当時、この施設を作ったのが私なのです。昭和63年ごろ、老朽化した以前の施設を改築するための補助金を東京都と国に交渉をして、何とかこの施設をつくりあげました。構想にあたり、あちこちの母子寮を見学したのですが、当時はどこも共同トイレでお風呂も無いのが一般的でした。しかもトイレは暗い渡り廊下の先にあったりして、特に冬場などは小さな子供にとって不憫だなと痛感いたしました。そういう想いがありましたので、この墨田母子生活ホームでは、お風呂とトイレだけは何としても部屋に付けてあげたい、そう考えたのです。
 
中山 以前と比べると住環境もずいぶんと改善されたようですが、現在は他にどのような問題があるのでしょうか?

 
岩渕 今は精神的な問題を抱えている方も多いんですね。たとえばDV(ドメスティック・バイオレンス)が原因で鬱になってしまった方など。現在、我々のホームでは21世帯が入居されていますが、そのうち約1/3の方が精神面での心の問題を抱えています。DVの場合、お母さんは心身ともに傷つき、子供もまたその影響を受けてしまう。母親が暴力を受けている姿をみたり、あるいは自分も暴力を振るわれたりした子供の場合、その子供もまた表現方法として暴力を使ってしまうことが多々ある。こうして親から子へ、暴力の表現が連鎖してしまうのです。この連鎖をなんとかして断ち切ることが、我々職員の使命の一つでありますが、生易しいことではありません。

 
中山 現在、こちらでは何名ぐらいの方が勤務されているのですか?

 
岩渕 母子指導員が3人、少年指導員が2人、それに施設管理委員もおります。また、夜に学習指導員としてアルバイト職員も勤務しています。
月曜から金曜まで、5時から8時までの間、子ども達の勉強を見ているんですね。あとは保育のための職員が5時から8時まで勤務もしています。ここは土日祝日も関係なく、朝は8時半から夜の8時まで常に職員が交代制で勤務しております。
 
中山 皆さん、奉仕の精神があればこそ務められるのでしょう。

 
岩渕 そうですね、皆よく奉仕してくれていて私も頭が下がる思いです。年間を通して様々な行事があるため経費もかかるわけですが、少ない予算で良い食材を探す工夫などして、子どもたちのためにご馳走の用意もしてくれています。
 
中山 スタッフの皆さんが様々な努力をされているのですね。普段も、子どもたちの食事を用意されることもあるのですか?

 
岩渕 中には食事も満足に作れない状態のお母さんもいますので、職員が用意することもあります。食事だけでなく、掃除や洗濯まで手助けをしなければならない場合もあります。こちらは寮ですから、月1回の寮会、あるいは避難訓練、もちろん門限など、様々な決まり事もあります。そうした規則を守れない、あるいは子供の面倒を見られないお母さんもいるんですね。いろいろなケースがあって、指導しなければならない場合も多々あります。寮を卒業した後もきちんと生活できるように、お母さん方の相談にのることもします。寮を出た後の1年間は、キャンプや遠足などの行事に子供とお母さんを招待しますが、皆さん、割とよく参加されますね。そうした機会を設けることで、寮を出た後の生活状況を見ることもできますから。

長尾由佳さんをはじめ、スタッフの皆さんはいつでも子供たちのため大奮闘。遠足やクリスマス会はもちろん、食育の一環として簡単な料理教室も開催する。

スタッフの皆さんのために、子供たちが心を込めて作ったバレンタインチョコ。

子供の未来のために、母親に安定した雇用を。

 
中山 皆さんの奉仕の精神には頭が下がるおもいです。どのようなことにやり甲斐を感じているのでしょうか。
 
岩渕 一番は、子どもたちが成長する姿を見られることでしょうか。この施設の第一の目的は、お母さんと子供の自立支援なんですね。ですから、ここから巣立って自立をしたお母さんが、「子供が大学に入りました」なんて挨拶に来られることもあるんです。そうした時は感無量の想いがいたしますね。
実際は問題を起こすことの方が多くて、そういう例は少ないんですけど(笑)。やはり、教育面においても貧困の差が歴然としているのが現状なのです。それを少しでも解消するために、私たちも夜間の学習指導を行っているわけです。貧困から抜ける意味で、教育はとても重要ですから。才能がある子供がいても世の中がそれを見出してくれるのか、または才能を見せるチャンスさえあるのかどうか…。やはり国の制度にも不備があるため、マイナス面が出てしまうのが現状です。子供たちが公立の高校へ合格して、少しでも公平に教育の機会が得られるよう、私たちも学習指導の努力をしています。試験前には職員が一生懸命指導して、面接の仕方まで練習したりするんですよ。

中山 母子家庭がどのような状況に置かれているのか、一般社会では知られていない部分が多いように思います。最後に、母子家庭が抱える問題など、多くの人に知ってもらいたいこと、訴えたいことなどをお聞かせください。
 
岩渕 やはり、母親の就労の安定がないことが一番の問題ですね。いま、ワーキングプアが話題になっていますが、実際、働く母親達の時給も700円か800円程度、1000円を超えるということはまれです。こちらの利用者の中でも、正規職員として働いている方は一人もおりません。小さな子供がいる場合、突然仕事を休む可能性もあり、正社員として雇うには不安があることもわかります。ただしあまりにも時給が安い。こうした現状を、もう少し各企業さんにもご理解いただきたい。たとえば現在、身体障害者に対する雇用枠というのがありますが、母子家庭にも同じような社会制度の配慮があっていいのではないかと、私自身はそう思っています。母親の雇用の安定を図り、母子家庭が社会的に自立するためには、企業による雇用面での援助も必要不可欠と言えるでしょう。国がそういった制度を制定すれば、母子家庭の生活はもう少し救われるようになると思うのです。働きたくても働けない、賃金があまりに安いため働いても貧困から抜け出せない、母子家庭の多くがそうした現状にあることを、皆さんにもぜひ知っていただきたいのです。

子供たちが勉強する学習室は夜の10時まで開放されている。5時過ぎから8時の間は、担当指導員が子供たちに勉強を指導。

母子生活支援施設とは

18歳未満の子供を養育する母子家庭等の母親が、生活上の諸問題のため子供の養育が十分に出来ない場合、その母子が生活の安定を図り自立するまでの間、母と子が一緒に入所することができる児童福祉施設を指します。同施設は母子を保護すると共に自立を促進するため、就労・生活および児童の養育に関する支援を行っています。

 
墨田母子生活ホーム
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